目指せ!地平線の彼方まで…!
不等間隔な気まぐれ日記 アメリカで生活を始めて4年が経ちました。
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ダブルターボ

Author:ダブルターボ
1975年4月18日生まれ。
2004年アメリカンドリームを掴みに本土上陸!そして2007年本土から少し離れた島で生活を始めました。

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World Trade Center 
今週の日曜日からニューヨークへ旅行に行く事が決まり、
この間から始まったニコラスケイジ主演のワールドトレードセンターを
観に行って来た。感動で涙が出た。
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手作りアクセサリー
今、日本で流行っているのか分からないが、最近ワイフが妙にビーズの
お店を調べたり、ビーズのアクセサリーの本を読んでいた。

そして今日、家の近くにあるビーズ屋さんに行って来た。店内は所狭しと
色んなビーズやそれ関連の商品が沢山置いてあった。

最初は興味は無かったが見ているうちにハワイで買った釣り針ネックレスが壊れたの思い出し直す事に決め、私とワイフはお互いで好きなものを買った。そして帰宅後直ぐに作ってみた。

一所懸命に作ったが品が無く、悪趣味な完成度に少し残念。
次回は凄いのを作ろうと心に決めた。
PICT1837.jpg

川の大冒険
朝7時前、アメリカに来て初めて寒くて起きられ無かった。しかし挫けてはいけないと思い、私は寝袋から起き上がった。そして、朝ご飯を済ませた頃には段々暖かくなって来ていた。

その後、このキャンプの目玉「ラフティング」に私達は向かった。向かったと言っても私達の隣でキャンピングカーで週末を過ごすおじさんが8時に迎えに来た。おじさんのバンに乗り20分くらい山道を走ると出発地点の川に着いた。そして、おじさんは名乗った。なにやらおじさんはクリスさんらしい。そして、私達と共に川を下ってくれる船長らしい。
右が船長クリス、そして船長の友達と娘らしい。
PICT1807.jpg

船長クリスはボートを川に浮かべると私達にライフジャケットを装備させ、川に落ちた時の対処方法を伝授してくれた。私達は「前」と「後」の日本語を伝授した。そして船長クリスの「前ぇ~」の掛け声で出発した。緩やかな川が段々激しくなって来た。船長の「前ぇ~」、「後ぉ~」の掛け声で私達は懸命にオールを漕ぎ、川の水を全身からかぶり、数々の難所を攻略して来た。

ラフティングも中盤になりちょっと速めのポイントを過ぎると船長クリスは「ダイビングするか?」と。私は少し焦りながら挑戦する事にした。船長はボートを岩場に寄せ私達を岩に登らせ10m位離れた所から飛び込んで良いぞのサイン。川面まで3mの高さと結構な水流の速さでちょっとビビッタが私は跳んだ。「おっー!」なんて気持ちが良いんだー。と思った瞬間かなりな水流に流され半分おぼれ掛けて何とかボートに這い上がった。船長は笑いながら「前ぇ~!」と叫び発進した。

穏やかな場所で船長は話し出した。
内容は船長暦20年。住んでいる場所はリノ。船長にも娘がいる。
等の話をしていると突然「前ぇ~!」とボートを操っていた。私達もオールで必死に頑張った。こうして私の「川の大冒険」は幕を閉じた。

楽しかったラフティングも終わりキャンプ場へ戻ろうとしたら、ちょっとした坂で船長のバンがスリップして坂を上がれず、他のバンに助けてもらうというハプニングもあったが無事に終了した。

午後からはちびっ子達が洞窟に行くと言うので着いて行った。外は暑いが洞窟内は寒かった。洞窟と言っても日本の龍泉洞の様な規模は無く、こじんまりとした物だった。
AMERICAN RIVER
今日は家から2時間位離れたサクラメントと言う街の近くにあるアメリカンリバーにキャンプに行って来た。途中で食料品を買い目的地に着いた。着いて早速テントを作った。

その後、一緒に来ていたちびっ子達と魚釣りに行った。私は海釣り専門で川釣りには興味は無かったが取り合えず行ってみた。川に着くと絶対に魚が居ないだろうと思われる川。そこで仕掛けを作り、釣りを始めていた。そして、1時間くらい釣りを楽しんでいたみたいに思えた。しかし、何も釣れてはいなかった。その子は今まで魚を釣った事が無いらしい。

その後、プールやキャッチボールでしばらく遊んでいた。

段々お腹も空いて来たので夜ご飯にすることにした。肉や魚、
野菜を思いのまま焼いて食べる。
家やレストラン等で食べるのとは違うこの感じが私は大好きだ。

ご飯も終わり、定番のキャンプファイアーをした。
メラメラ燃える炎にちびっ子達は呆然と見入っていた。
そして、アメリカでは定番らしい「スモア」と言うお菓子みたいな物を作った。
作り方は簡単。串にマシュマロを刺し火で焦げない様に焼き、ビスケットの上にチョコレートとマシュマロを挟んで食べるらしい。
出来上がった「スモア」
PICT1800.jpg

そして、この日は炎が燃え尽きるまで沢山の話をした。
PICT1802.jpg


Bye-Bye めっぱ
2時30分、今日も私は病院の待合室で待機していた。
そして私の名前が呼ばれ診察室に入っていった。

診察室に入ると看護婦さんらしき人が視力検査をしてくれた。
そして、ドクターが来るまで待つように言われた。
しかし中々ドクターが来ない…!暇だな~。

しばらくボケーとしてるとドクターの机の上になにやら道具発見。
そこには、注射器、麻酔液、怪しいピンセット、メスは無かったが
凄く小さいハサミ、消毒液そして拡大スコープみたいな機械があった。
「あぁ~、これで切るのかな~?」て思った時、ドクターが来た。

簡単な説明の後、ドクターは注射針をまぶたに刺し麻酔をしてくれた。
殴られた後のようなまぶたになり麻酔した場所辺りの感覚がなくなって来た。
テレビでよく見る緑色のカバーをかけられ、器具でまぶたをひっくり返した。
そしてハサミでジョキジョキ切り始めた。麻酔のおかげで痛くは無いが切られている感覚はなんとなくわかった。2,3分後、無事終了した。

私は他人の血は大丈夫だが、自分の血には弱く少しクラクラしながら診察室を出た。鏡で見ると麻酔ではれたまぶたと、血っぽい眼があった。

良かった!
今日は結核テストの結果が出る日!
結果はネガティブ!良かった!
めっぱ
「めっぱ」。私の地元ではこう呼んでいた。
「めばちこ」や「ものもらい」と呼ぶ地域もあるらしい。
今日も朝から病院へ行って来た。
右目に「めっぱ」が出来て中々治らず、汚い手で触ってドンドン
大きくなってしまい見てもらう事にした。

結果は来週切って治す事になった。
検査
今週の月曜日、仕事から帰ると留守番電話にメッセージが。
相手は先週チェックしてくれたドクター財前からだった。ドクター財前曰く
「先週受けたレントゲン写真を見てたら結核の恐れがあるから調べて!」
私はこの連絡を受け少しショックだった。

そして今日。私は前日の午後5時から「水」以外の物を口にはしなかった。
なぜなら今日は「血液検査」をする為だった。
今回始めてのちょっとドキドキの検査も終わった。
やはり結果は後日らしい。

そして結核のテストに向かった。
注射をして2,3日後に結果が出るらしい。


日本帰国!
午後3時、私はレストランの次期社長(BH)?と話をした。
話の内容は「今までして来た悪事を認めさせ謝罪させる事」。
この事は今まで何度も話し合いをして来たが一向に解決せず何時も誤魔化されて来た。

そして今回も「知らないでしてきた、直したから良いだろ、悪くない、謝る気は無い」と一点張り。
ここまで言われて私は言いたい事を全部言った。

「過去の過ちは仕方が無いと思う。分からなくてしてきた事。でもそれが過ちだと知って直す。会社的にはそれで良いかも知れないけど働いている自分達は納得出来ない。何の説明も無く英語で書かれた書類を渡され、呼んで理解出来たらサインしてくれ。その書類には今までの事を無かった事にして裁判など起こさなければ謝罪金みたいな形でお金を渡す。自分は謝罪金より先に理由を説明してごめんの一言があっても良いんじゃないですか?説明も無く理解出来たらサインしろ。自分は英語が出来ないから色んな人に聞いて読んでみると、サインしたら裁判が出来ないって事は、裁判を起こされる様な事があるから謝罪金を払い今までの事を無かった事にしてまた何も無かった事にして働く。自分はそんな事は出来ない。裁判を起こされる様な事をして来たら最初に謝罪が必要ですよね。でもBHは悪い事はしてない、謝る気も無いって言うんなら自分はBHも会社も理解出来ないですよね。自分はBHを信頼し、BHは自分達を信頼して初めて上手く機能して行くと思います。自分は日本で働いていた時はそういう環境で働いてきて凄く楽しかったし、充実感もあった。でも今のBHや会社の考えでは全然信用出来ない。信用のない会社では働けません。」

私はこの言葉を言った時、少し涙が出た。多分、折角出会ったみんなとこんな形で別れなければいけないのと、まだアメリカで働きたい、と言う気持ちからだと思う。

そして「信用は作るのは難しい、みんな少しずつ信用を築き上げていき今がある。でも一度信用出来なくなったらまた元に戻すのは今まで以上に大変な事です。」

しばらくお互いに黙ったままだった。
そしてBHは「俺も色々と葛藤した」と話し始めた。

私はBHだけが葛藤してるんじゃないと思い私は「自分だって葛藤しました。日本に帰ると結構お金がかかり、東京では家も高いしお金もないし多分、実家に帰り体制を整えないと東京では働けない。でもアメリカではアパートも借りて仕事もあって、休みの日はアメリカを満喫してかなり楽しく生活してます。日本は確かに今よりは給料は高いけど、休みも週6で朝から晩まで働いて今より大変だけど、自分がサインして不信な気持ちで仕事をしたり、信用の出来ない会社で働いて行くなら日本に帰ろうとか自分もかなり考えました。」

そしてBHはしばらく黙ったままだったが話を始めた。
私はしばらく聞いていた。そして100%とまでは行かないが謝罪して来た。そしてBHは「信用を取り戻すように努力する。」私はこの言葉を聴いて少し分かってくれたのかなと思った。
2時間の話し合いは終わった。取り合えず日本帰国は一時中止。
Check Up
朝9時30分、私は病院の待合室で待っていた。そして私の名前が呼ばれた。

身長、体重、血圧を調べた後に診察室に通された。しばらく待っていると、ドクター財前が現れた。軽い挨拶と握手をした後にいよいよ診察が始まった。

見てもらいたい所、過去の病気、家族の病歴等を話した。最初は目の診察で怪しい光を当てられた。そして手足の診察。そして問題の肺。ドクター財前は私が煙草を吸っている事に納得いっていない様だ。私もそう思う。私も何度か禁煙を試みたがあえなく撃沈。
ドクター財前は「禁煙パッチを試してみたら?」と言って来た。
しかし既に経験済み。次にドクター財前は「ピルを飲んでみる?」と。私は新しい物好きの性格のせいもあり話を聞いてみた。

ドクター財前曰く「最初の3日間は1日1錠、4日目からは朝夜1錠の計2錠を飲め」と。そして「最初にピルを飲んでから1週間は煙草を吸え」と。何を言っているのか訳が分からなくなった。ドクター財前は「しばらくすると煙草が吸いたくなくなる」と豪語している。私は80%信用出来なかったがピルを貰う事にした。

そしてドクター財前は「ジーンズを脱げ」と言って来た。私は何の抵抗も無く脱いだ。徐にゴム手袋をはめるドクター財前。そして「パンツも脱げ」と。私は抵抗はあったが恐る恐る脱いだ。そして豪快に私の大切な部位を触り「GOOD!」。私は男の人に触られるのは始めてで一瞬何が起きたのか分からなかった。そしてレントゲン撮影を終えて帰宅した。結果は後日発表らしい。
今日から飲み始めた怪しいピル。
PICT1772.jpg




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